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神戸地方裁判所 昭和51年(ワ)646号 判決 1977年11月28日

原告

田野泰照

ほか二名

被告

港都交通株式会社

主文

被告は原告田野泰照に対し、金二二六万八、六八一円およびうち金一七一万八、六八一円に対する昭和四九年六月五日から、うち金三五万円に対する昭和五〇年四月一四日から、うち金二〇万円に対する昭和五一年八月一五日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告田野泰照のその余の請求を棄却する。

原告田野均、同田野保子の本訴各請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告田野泰照と被告との関係で生じた分は被告の負担とし、原告田野均、同田野保子と被告との関係で生じた分は同原告らの負担とする。

この判決は第一項にかぎり仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告田野泰照に対し、金二二七万二、六八一円およびうち金一七二万二、六八一円に対する昭和四九年六月五日から、うち金三五万円に対する昭和五〇年四月一四日から、うち金二〇万円に対する訴状送達の日の翌日(昭和五一年八月一五日)から各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告は原告田野均に対し、金四三二万七、二〇〇円およびうち金三九二万七、二〇〇円に対する昭和五〇年一月一日から、うち金四〇万円に対する訴状送達の日の翌日(昭和五一年八月一五日)から各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  被告は原告田野保子に対し、金七九万円およびうち金七二万円に対する昭和四九年九月一日から、うち金七万円に対する訴状送達日の翌日(昭和五一年八月一五日)から各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は被告の負担とする。

5  仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

(一)  事故の発生

原告田野泰照(以下原告泰照という)は次の交通事故により傷害を受けた。

1 発生時 昭和四九年六月五日午後九時五〇分ころ

2 発生地 神戸市長田区腕塚町四丁目四番一三号先交差点

3 加害車 普通乗用自動車(神戸五五あ七二八六号)

運転者 訴外 下鳥隆司(以下訴外下鳥という)

4 被害車 自動二輪車(泉ま四八三四号)

運転者 原告 泰照

5 事故の態様 原告泰照が被害車を運転して、本件事故発生地である交差点を、東から西へ直進中、訴外下鳥運転の加害車が右交差点を西から南に右折してきて、被害車に衝突し、原告泰照を跳ねとばし、転倒させた。

6 受傷内容 右大腿骨々折、右腓骨々折、全身打撲

(1) 入通院期間

昭和四九年六月五日より同月六日まで二日間小原病院入院。

昭和四九年六月六日より同年九月一二日まで九八日間神戸労災病院入院。

昭和五〇年八月五日より、同月一五日まで一一日間神戸労災病院入院。

昭和四九年九月二五日より昭和五一年四月二一日まで五六三日間(ただし実通院日数一九日間)神戸労災病院通院。

(2) 後遺症

(イ) 歩行時、右足は外転、外旋歩行となる。

(ロ) 右大腿骨大転子部骨内釘刺入部位に疼痛および圧痛がある。

なお、入院後約一か月間は傷害部が化膿して手術ができず、筋肉の萎縮を防止するため、右足膝関節に釘を打ち込み、重りをつけて右足を引張つていた。その後手術に及んだが、骨不足のため腰骨を切り取つて大腿部へ補充した。また、原告泰照は当時甲南高等学校の二年に在学中であつたが、二学期に遅れないように急いで退院した事情がある。

(二)  訴外下鳥の過失内容

本件事故当時、原告泰照は、被害車を運転して本件交差点を東から西へ青色信号に従つて直進中であつたから、西から南に右折してきた加害車には、直進車の進路を妨害してはならない義務があるところ(道交法三七条)、加害車を運転していた訴外下鳥は、この直進車優先の原則を無視したものであつて、本件事故は訴外下鳥の一方的過失によつて惹起したものである。

(三)  帰責事由

被告は、訴訟下鳥の使用者であり、加害車の保有者であるから、自賠法三条および民法七一五条に基づいて、原告らの損害を賠償すべき責任がある。

(四)  損害

1 原告泰照の損害

(1) 入院雑費 金五万五、〇〇〇円

(2) 慰藉料 金二〇〇万円

(3) 衣服損傷 金三万円

(4) 家庭教師謝礼 金三五万円

原告泰照は、本件交通事故当時、甲南高等学校二年に在学中であつたが、入院期間が一一〇日間に及んだため、勉学の遅れを回復する目的で特に家庭教師を昭和四九年九月から昭和五〇年三月まで依頼し、その謝礼として金三五万円を要した。

(5) 弁護士費用 金二〇万円

合計金二六三万五、〇〇〇円

2 原告田野均(以下原告均という)の損害

(1) ランチユウ斃死による損害 金三九二万七、二〇〇円

原告均は、国家公務員として第五管区海上保安本部に勤務するかたわら、昭和四〇年ころから趣味と実益をかねて、自宅敷地内に養魚池四〇を設置して、ランチユウの養殖をはじめ、本件事故当時、親魚約一〇〇匹、中位魚約五〇〇匹、稚魚約三、〇〇〇匹を養殖していたところ、本件事故のため、管理不十分となり、昭和四九年六月末ころまでに右ランチユウはすべて斃死してしまつた。すなわち、本件事故後妻である原告保子は原告泰照に付添つて病院に起居するようになつたため、原告均の日課は激変し、家事一切の負担がかかつたため、ランチユウの養殖に手が回らなくなり、ために、本件事故後、二、三週間の間にランチユウは全滅した。その損害は、前年度の売上高で計算すると、金三九二万七、二〇〇円となる。

(2) 弁護士費用 金四〇万円

合計 金四三二万七、二〇〇円

3 原告田野保子(以下原告保子という)の損害

(1) 箏曲、三絃教授料損害 金七二万円

原告保子は、昭和三〇年ころから箏曲、三絃の教授をしていたが、本件事故当時、一か月金三六万円の教授料を得ていたが、本件事故のため、二か月間原告泰照に付添つたため、右教授料を得ることができず、合計金七二万円の損害を被つた。

(2) 弁護士費用 金七万円

合計 金七九万円

4 損害の填補

原告らは被告から金五万円、強制保険から金三一万二、三一九円合計金三六万二、三一九円を受領したので、前記1(2)の原告泰照の慰藉料にこれを充当する。

(五)  結論

よつて、(1)原告泰照は被告に対し、前記(四)1の損害額合計金二六三万五、〇〇〇円から前記(四)4の填補額金三六万二、三一九円を控除した金二二七万二、六八一円およびうち金一七二万二、六八一円(右金二二七万二、六八一円から家庭教師謝礼金三五万円と弁護士費用金二〇万円を控除した金額)に対する本件事故発生日である昭和四九年六月五日から、うち金三五万円(家庭教師謝礼)に対する支払の日である昭和五〇年四月一四日から、うち金二〇万円(弁護士費用)に対する訴状送達の日の翌日(昭和五一年八月一五日)から各完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、(2)原告均は被告に対し、前記(四)2の損害額合計金四三二万七、二〇〇円およびうち金三九二万七、二〇〇円(ランチユウ斃死による損害)に対する昭和五〇年一月一日から、うち金四〇万円(弁護士費用)に対する訴状送達の日の翌日(昭和五一年八月一五日)から各完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、(3)原告保子は被告に対し、前記(四)3の損害金合計金七九万円およびうち金七二万円(箏曲など教授料)に対する昭和四九年九月一日から、うち金七万円(弁護士費用)に対する訴状送達の日の翌日(昭和五一年八月一五日)から各完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する答弁

(一)  請求原因第(一)項1ないし5の事実は認めるが、6の事実中(2)の後遺症の発生の事実を否認し、その余は不知。

(二)  同第(二)項の事実は否認する。

(三)  同第(三)項の事実中被告が訴外下鳥の使用者である事実および加害車の保有者である事実は認めるが、その余は否認する。

(四)  同第(四)項1の(1)ないし(5)の各事実、2の(1)、(2)の各事実、3の(1)(2)の各事実はいずれも不知(ただし、1の(5)、2の(2)、3の(2)の弁護士報酬契約の存在は認める)。

(五)  同第(四)項4のうち、原告らが被告から金五万円、強制保険から金三一万二、三一九円を受領した事実は認めて利益に援用するが、その充当については争う。

三  抗弁および主張

(一)  事故の態様について

加害車を運転していた訴外下鳥は、本件交差点に向つて東進中、同交差点の信号が青であつたので右折を開始し、対向車線の車両の有無を確認するため、左方を注視したところ、約一五〇メートル先の腕塚通二丁目の交差点よりもさらに東方に一団の車両が西進してくるのを認めたが、安全に右折ができることを確認し、左方および前方に対し注意を払いながら、時速約三〇キロメートルで右折を継続したのであるが、原告泰照運転の被害車が対向車線の第三車線上を時速約一二〇キロメートルの異常な高速で西進してきたため、夜間(午後九時五〇分)のことゆえ、東方の一団の車両と識別することができず、そのため、加害車の左前輪を被害車に撃突させるに至つたものである。訴外下鳥には、時速一二〇キロメートルもの猛スピードで無謀運転してくる直進車両のあり得ることまで予想して右折する注意義務はないというべきである。本件事故は、原告泰照の一方的な重大な安全運転義務違反によつて惹起したものであつて、訴外下鳥には何らの過失はない。

(二)  被告の自賠法三条但し書の免責の抗弁について

前記のとおり、本件事故は、原告泰照の一方的な過失によつて惹起したものであつて、訴外下鳥には何らの過失はなく、被告は加害者の運行に関し注意義務を怠つておらず、加害車には構造上の欠陥および機能上の障害がなかつたから、被告は、自賠法三条但し書により、自賠法三条本文の運行供用者としての責任を負うことはない。

(三)  原告均、同保子の損害と本件事故との関係について

本件事故により、原告均はランチユウ斃死による損害を被つたと主張し、また、原告保子は箏曲などの教授料損害を被つたと主張するが、本件事故による損害は、原告泰照の受傷それ自体であつて、間接被害者たる原告均、同保子は損害賠償請求の権利主体となり得ない。しからずとしても、原告均、同保子の損害は、本件事故とは相当因果関係がないというべきである。

(四)  過失相殺の抗弁について

仮に被告が本件事故について原告らに対し何らかの損害賠償債務を負担することがあるとしても、前記のとおり、本件事故は原告泰照の重大な過失によつて惹起したものであるから、過失相殺されるべきである。なお、原告泰照には、同原告主張の損害以外にも治療費金一四三万八、八〇八円の損害が発生しており、右治療費については全額被告において支払ずみであるから、右治療費金一四三万八、八〇八円を損害加算のうえ、損害総額について過失相殺されるべきである。

四  抗弁および主張に対する答弁

(一)  抗弁および主張第(一)項は争う。

(二)  同第(二)項は争う。

(三)  同第(三)項は争う。

(四)  同第(四)項は争う。

第三証拠関係〔略〕

理由

一  事故の発生

(一)  請求原因第(一)項1ないし5の事実は当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第二号証ないし第四号証、原告泰照本人尋問の結果によれば、原告泰照は、本件事故により、右大腿骨々折、右腓骨々折および全身打撲の傷害を受け、昭和四九年六月五日より同月六日まで小原病院に、同年六月六日より同年九月一二日までと昭和五〇年八月五日より同月一五日まで神戸労災病院にそれぞれ入院して治療を受け(入院日数一一〇日間)、さらに昭和四九年九月二五日より昭和五一年四月二一日まで神戸労災病院に通院して治療を受け(通院実日数一九日間)、同日、治癒したが、右治療期間中昭和四九年七月一五日骨折合術および骨移植術を受け、昭和五〇年八月八日骨内釘抜去術を受けたものであつて、後遺症としては、自覚的症状として歩行時右足は外転外旋歩行をきたし、右大転子部骨内釘刺入部位に疼痛、圧痛を訴え、他覚的症状として右大腿骨転子部より外側に縦走する長さ一五糎の手術瘢痕および右大腿大転子部に長さ五糎の手術瘢痕を認め、右大転子部骨内釘刺入部に圧痛を訴え、骨折部の癒合は完成しているも、右膝関節の屈曲および右股関節の内旋に運動制限を残していることが認められる。

(二)  各成立に争いのない乙第一号証ないし第六号証、弁論の全趣旨により被告主張の撮影者がその主張の日時に加害車を撮影した写真であると認められる検乙第一、二号証、撮影者、撮影年月日、被写体について当事者間に争いのない同第三号証ないし第五号証、証人下鳥隆司の証言および原告泰照本人尋問の結果(いずれも後記信用しない部分を除く)を総合すれば、事故の態様について次のような事実が認められる。すなわち、本件事故現場は、幅員約三メートルの中央分離帯で区分された東行車線、西行車線それぞれ幅員約一七・五メートルの東西に通ずる国道二号線と交差点以北が幅員約二〇メートル、以南が幅員約一〇メートルの南北に通ずる市道五位池線とがほぼ直角に交差する交差点であつて、同交差点は交通信号機の信号によつて交通整理の行なわれている交差点である。東西に通ずる国道二号線には等間隔に水銀灯による夜間照明がなされており、夜間でもかなり明るく、同交差点の見通しは良い。訴外下鳥は、加害車を運転して、東西に通ずる国道二号線の東行車線を時速約五〇キロメートル(速度制限時速五〇キロメートル)で同交差点に向つて東進し、同交差点を右折南進しようとして右折を開始したうえ減速したところ、左前方約一五〇メートルの地点に東西に通ずる国道二号線の西行車線を一団となつて西進する車両群を認めたが、不注意にもその手前を被害車が西進しているのを見落し、安全に同交差点を右折できるものと考え、時速約三〇キロメートルないし約三五キロメートルで、さらに約一一メートル右折南進を続けるうち、左前方約一九・三メートルの地点を同交差点の信号機の青色信号に従い同交差点入口付近に西進してくる被害車を発見したものの回避の措置をとることができず、約七・五メートル南進した地点で被害車に加害車の左側前部を衝突させた。原告泰照は、被害車を運転して、東西に通ずる国道二号線の西行車線を時速約六〇キロメートルないし約七〇キロメートル(速度制限時速五〇キロメートル)で同交差点に向つて西進し、同交差点に設置された信号機の青色信号に従い同交差点を通過直進しようとしたのであるが、同交差点入口付近から約三〇メートル手前で、折柄右前方の東行車線を同交差点に向つて東進してくる加害車を認めたものの、加害車がそのまま同交差点を通過して東進するものと考え、同一速度で同交差点に向つて西進を続けたところ、突然加害車が被害車の直前で右折南進しようとするのを右前方に発見し、衝突の危険を感じ、急制動の措置をとつたが、その効果が生ずる前に、南進してきた加害車の左側前部に被害車を衝突させ、被害車もろとも路上に転倒した。衝突地点は、同交差点内の東南で、加害車が被害車をはじめて発見した位置から東南約七・五メートル、被害車が加害車にはじめて発見された位置から西約一六メートルの地点である。以上のとおり認めることができる。右認定に反する証人下鳥隆司の証言および原告泰照本人尋問の結果の各一部は採用できず、証人清本祥子、同大家善禎の各証言中、本件事故当時被害車の速度が時速約一〇〇キロメートルないし一二〇キロメートルあつた旨の証言部分は、いずれも確たる根拠に基づかないもので伝聞の域を出ないものであるし、前記各証拠に照らして採用しがたい。他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

二  責任原因

(一)  被告が訴外下鳥の使用者であり、加害車の保有者であることは当事者間に争いがなく、前記乙第六号証、証人下鳥隆司の証言によれば、被告は一般自動車運送事業(タクシー業)を営むものであるが、訴外下鳥を昭和四〇年一二月タクシー運転手として雇傭し、本件事故当時、訴外下鳥は、被告のタクシー運転手として、その保有する加害車を運転し、そのタクシー事業に従事中本件事故を惹起したものであることが明らかであるから、被告は自賠法三条および民法七一五条により原告泰照の受けた後記損害を賠償する責任がある。

(二)  被告の自賠法三条但し書の免責の抗弁と過失相殺の抗弁について

前記認定の本件事故の態様によれば、訴外下鳥は、加害車を運転して東西に通ずる国道二号線の東行車線を東進し、本件交差点を右折南進しようとした際、折柄右国道二号線の西行車線を西進し、本件交差点の信号機の青色信号に従い本件交差点を通過西進しようとする原告泰照運転の被害車のあることを不注意にも見落し、そのまま右折南進したため、直進車である被害車の進路を妨害し、本件事故を惹起するに至らしめたものであるから、本件事故について、訴外下鳥に過失があることは明らかである。一方原告泰照は、被害車を運転して右国道二号線の西行車線を西進し、本交差点に設置された信号機の青色信号に従い本件交差点を直進通過しようとした際、本件交差点入口付近から約三〇メートル手前で、折柄右前方の東行車線を本件交差点に向つて東進してくる加害車を認めたが、加害車がそのまま本件交差点に通過して東進するものと考え、そのまま本件交差点に向つて直進したところ、突然加害車が自車直前で右折南進しようとするのを右前方に発見し、急制動の措置をとつたが間にあわず、本件事故に逢遇したものであるから原告泰照には何らの過失はなかつたというべきである。けだし、被害車を運転していた原告泰照としては、かかる場合、加害車のように、あえて自車直前で交通法規に違反して右折南進する車両のあり得ることまでも予想して、減速徐行すべき注意義務がないからである。そして、本件事故当時、原告泰照は、速度制限が時速五〇キロメートルであるにもかかわらず、これを超過する時速約六〇キロメートルないし約七〇キロメートルで走行していたけれども、右制限速度違反は、本件事故の発生に対して因果の関係に立たないというべきである。以上のとおり、本件事故は、訴外下鳥の一方的過失によつて惹起したものであつて、原告泰照には何らの過失はなかつたというべきであるから、被告の主張する自賠法三条但し書の免責の抗弁は採用できない。また、過失相殺における被害者の過失は不法行為成立の要件としての加害者の過失とは同質のものでないとしても、前記認定のような本件事故の態様を検討すれば、原告泰照に制限速度違反があるからといつて、被害者である原告泰照に過失ありとして、原告泰照の損害額を算定するについて、これを斟酌するのは相当でないから(最判昭和三六年一月二四日・民集一五巻一号三五頁参照)、被告の過失相殺の抗弁も採用しない。

三  損害

(一)  原告泰照の損害について

(1)  入院雑費 金五万五、〇〇〇円

前記認定事実によれば、原告泰照は、昭和四九年六月五日より同月六日まで小原病院に、同年六月六日より同年九月一二日までと昭和五〇年八月五日より同月一五日まで神戸労災病院に入院し、その入院日数は計一一〇日間であるところ、本件事故と因果関係のある入院雑費は一日金五〇〇円の割合による金五万五、〇〇〇円をもつて相当と認める。

(2)  慰藉料 金二〇〇万円

本件事故の態様は、訴外下鳥の一方的過失によるものであり、後遺症の程度は、自覚的症状として、歩行時右足は外職外旋歩行をきたし、右大転子部骨内釘刺入部に疼痛を訴え、他覚的症状として右膝関節の屈曲および右股関節の内旋に運動制限を残している等、本件にあらわれた諸般の事情に照らし、慰藉料は金二〇〇万円をもつて相当と認める。

(3)  衣服損傷 金二万六、〇〇〇円

原告泰照本人尋問の結果によれば、原告泰照は、本件事故当時、靴(購入価格五、〇〇〇円)、ズボン(購入価格八、〇〇〇円)、ジヤンバー(購入価格九、〇〇〇円)、下着類(購入価格二、〇〇〇円)以上時価計金一万四、〇〇〇円およびヘルメツト時価一万二、〇〇〇円を着用していたが、本件事故によつていずれも損傷を受け、使用不能となつたことが認められるから、衣服損傷による損害は計金二万六、〇〇〇円をもつて相当と認める。

(4)  家庭教師謝礼 金三五万円

原告泰照本人、原告泰照法定代理人兼原告均本人各尋問の結果とこれにより真正に成立したと認める甲第八号証によれば、原告泰照は、本件事故当時、甲南高等学校二年に在学中であつたが、入院期間が一一〇日間に及んだので、学力の不足をとりもどすため、昭和四九年一〇月から昭和五〇年三月までの間、家庭教師に依頼して補習のための勉学の指導をしてもらい、その報酬および交通費として合計金三五万円を要し、これを昭和五〇年四月一四日までに支払つたことが認められるから、右金三五万円も本件事故と相当因果関係の範囲内にある損害に認めるのが相当である。

(5)  損害の填補 金三六万二、三一九円

原告泰照が被告から金五万円、強制保険から金三一万二、三一九円合計金三六万二、三一九円を受領したことは当事者間に争いがないので、右金三六万二、三一九円は賠償額から控除すべきである。

(6)  弁護士費用 金二〇万円

以上により原告泰照は被告に対し、(1)ないし(4)の合計金二四三万一、〇〇〇円から(5)の金三六万二、三一九円を控除した金二〇六万八、六八一円を請求し得るものであるところ、弁論の全趣旨によれば、被告がその任意弁済に応じないので、原告泰照は弁護士たる原告ら代理人に本件訴訟の提起と追行を委任し手数料および報酬を弁護士会所定の報酬規定の範囲内で支払うことを約したことが認められるが、本件訴訟の経緯その他諸般の事情に照らし、被告に賠償を求め得べき金額は金二〇万円と認めるのが相当である。

(二)  原告均、同保子の損害について

原告均は、本件事故により原告泰照が受傷して入院し、妻である原告保子が付添つたため、家事一切の負担が原告均にかかり、そのため、ランチユウの養殖に手が回らず、ランチユウが斃死したとして、その損害の賠償を求めるというのであり、原告保子は入院した原告泰照に付添つたため、箏曲などの教授料を得ることができなかつたとして、その損害の賠償を求めるというのであるが、かかる損害は、直接被害者たる原告泰照の被つた損害とは全く別個異質の損害であつて、原告均、同保子の固有の損害であるから、原告均、同保子はいわゆる間接被害者であるというべく、かかる間接被害者の権利主体性(原告適格)は否定すべきであるとする見解がある。しかし、間接被害者の権利主体性を否定すべきかどうかの点はしばらく措き、原告均、同保子の主張するような損害が仮に発生したとしても、かかる損害は本件事故と相当因果関係の範囲内にあるものとは認めることはできない。したがつて、原告均、同保子の前記損害の賠償を求める請求は、いずれも失当であり、また、これを前提として弁護士費用を損害として賠償を求める請求も失当である。

四  むすび

よつて、原告泰照の本訴請求中、金二二六万八、六八一円およびうち金一七一万八、六八一円に対する昭和四九年六月五日(本件事故発生の日)から、うち金三五万円に対する昭和五〇年四月一四日(本件事故発生の日の後である家庭教師に対する謝礼支払の日)から、うち金二〇万円に対する昭和五一年八月一五日(訴状送達の日の翌日)から各支払ずみまで民事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるから、これを認容しその余は理由がないから棄却し、原告均、同保子の本訴各請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言について同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 阪井昱朗)

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